河原は黄色や赤の紅葉で敷きつめられ、森のドームから刺す木漏れ日は川面でちろちろとまたたいていた。
その光景を見ても私の心は動かされることはなく、ああ、ほんとにもう心が死んでいるんだな、と思った。歳をとらない種族は常に現在だけを見て生きていくのがコツだという。過去を見ても未来を見ても途方にくれるから。だけど、少しでもバランスを失えば昨日も明日も見えずにだらだらと生きるネガティヴ・フェアリー。
刹那的で何も進歩しない
膨大な時が重い時々ギターを弾いた。誰に聴かせるでもなく指に任せるまま、曲にもならない。
服は2年前に作ったきり。
自分で切って後悔した髪。左右ふぞろいだけどこれ以上切れない。どこかの居酒屋めいたところに出かけて誰とも話をしない。妖精のつく店は繁盛するといわれるけど、私は陰気臭くてたぶん嫌われていた。だけど私が行くのをやめたら店はなくなってしまって、別のところへ行く気力もなくて。
この川の守り木のウロに身をひそめて一日が終わる。安逸に慣れきってしまったのか退屈も感じなくなってしまった。
なにもしないでも生きて行ける。それがほんとうに恐ろしい。
次第にこの川へ同化してしまう私の自我。
背中に一瞬、ぞくっとする寒気を感じる。
完全に溶け込んでしまえば、それはフェアリーが死ぬということ。
「君は? そこで何してるの?」
森にはそぐわないブランドの服を着て、登山靴で青年は河原に降りてきた。
「何もしていない」
つまらなそうに私は答えた。何年ぶりにか誰かと話す。
「いつからそうしてるの?」
「覚えてない」
「あしたはどうするの?」
「考えたことなんかない」
「そんなもんなの? 君、名前はなんていうの?」
「名前?」
私の中で時間がぐるぐると回りだす。
今まで意識したこともなかった何かが小さなカラダ中を駆けめぐって声となる。L'autonno
膨大な自然の中に溶けてしまわないように、何度も自分に言い聞かす。
名前こそ、生きるため私に与えられたいちばんの呪文だった。
「あんたの名前は?」
青年は答えた。キレイな響きの名前だと思った。
私は青年の肩にしがみつき、シャレた大型のスクーターで町へ向かった。
地を這う風景はめまぐるしく変わる。
道は川沿いに進み、トンネルをくぐり山越えの道へと入った。峠を越えて景色がさっと開ける。眼下の草花から遠くの山まで、いちめんに広がる紅葉のモザイク模様。
L'autonno 〜 秋
この最高に美しい季節に寄せる人々の想いが、私の名前になっていたのだ。
私は実在を確かめるように自分の身体に触れてみた。私の胸・私のおなか・私のおしり・私の翅。
すべてこの季節のように優美な曲線を描く。
翅をひろげ、ふわりと青年の肩から離れる。風を受けて身を翻して高空へ。前山と惣山の向こうに紅葉を映して沼沢湖が広がる。箱庭のような不思議な里から匂い立つ無数の気が確かに私を生かしていた。
私はいつのまにか、生かされていた。
紅葉もあと一週間は続かないだろうけど、青年もすぐに去ってしまうだろうけど。今はほんとに気持ちいいし、そんな先のことなんて考えたことはない。
私の季節が過ぎて、少しばかり私のネガティヴも取れて。
来たときと同じ帽子で青年はこの里を去った。
「サヨナラ、また……」
都市へ帰る彼が来年まで私のことを思ってくれるのなら、
かけあう言葉一つで、私は来年まで生きる。