とあるところに、生まれつき目の見えない女のコがいました。
女のコはもう慣れているので、周りの子と同じように村のためにいろんな仕事をして、みんなに好かれていました。だけどあるとき、お母さんが病気になってしまいました。
女のコは病気の特効薬を知っています。妖精の草原に咲くすきとおるようなガラス細工のような紫の花をのませれば良いのです。
彼女は目が見えない代わりに、いろんなコトを感じることができました。草花の話し声や虫の気持ち、風の匂い。妖精たち。それは彼女以外には感じることのできないものでした。
だから妖精の草原の入り口も、その女のコしか知らないのです。
満月の夜。病気に疲れて眠ってしまった母親をおいて、彼女はこっそりと家を抜け出します。
今日の風は冷たく切るような北風。「南へ行こう」とささやいています。虫たちは愛の歌をかわしあい、二人手を取り合いながら南へと向かいます。
木の葉のリズムも北から南へ、地下水のささやきも北から南へ。少女にだけわかる光の道は南へとのびていました。毎日違うところに現れる妖精の草原。光の道はそこへと伸びているのです。
誰も知らない光の道を小走りにたどっていきます。ときどきはパサパサと草を切り、ときどきはパシャパシャと水を跳ねながら。アタマの真上に満月がくるころ、女のコはめまぐるしく動き回るたくさんの気配たちと、無数の楽しそうな歌声にたどり着きました。
だって今日は満月。ここらじゅうの妖精みんなが集まって、大々ダンスパーティです。
実は女のコも常連です。妖精コトバはちっともわからないけれど、ダンスはコトバ以上にわかります。女のコは最高に美しい気配のヒトツで、この世でいちばんキレイな歌声を持っています。
彼女自身がとびまわる光の粒のヒトツになって、たくさんの妖精たちとダンスをかわしあいます。音楽ははじける泡になり、たゆたう水面になり、身体を突き動かし、激しくゆすります。
スゴクタノシイ!! でも、今日の女のコはそのために来たのではありません。
女のコ、途方にくれます。ここにあるという伝説の紫の花。そんなものはいったいどこにあるというんでしょうか。
だいたい「紫」というのは何のコトなんでしょう。女のコはもちろんコトバは知っています。だけど紫なんて見たコトもありません。友達が教えてくれたいろんな紫のモノ、それは彼女にはことごとく違う色に感じられるのです。
げんきなく、へたりこんだ女のコに、渦を巻くように、空から光の粒たちが集まって来ます。
女のコにはわからないコトバを口々につぶやきながら。でも表情はわかります。妖精たちは女のコのコトをとっても心配しているのです。
女のコはココロを開きます。チョとさみしげで、困ったような歌声で、踊りで、伝えます。
「だだーっぴろーい空間で、…………をさがしている」
「だだーっぴろーい空間で、何を?」
「はなびら、はなびら、花。……の花」
「花?」
「そう」
「あたしの、お・か・あ・さん、ねんね」
「ねんね」
「ちがうちがう、びょ・う・き」
それで妖精たちもわかりました。ああ、ニンゲンたちが時々噂している紫の花のコトなんだな、と。
しかし、気配と感覚とオンガクで動く妖精たち、だあれも紫ってモノを知りません。だってニンゲンたちが紫って言っているモノことごとくが違う色に見えるのですから。
ニンゲンの言う紫ってのは、ニンゲンにしかわからないのです。女のコがもし目が見えるのなら!!満月の夜のステキな伝説。
満月の夜はヒトツだけ、妖精たちのささやかな願いを叶えます。
ホントは、一生一緒になりたいっていう妖精どうしの結婚式をやる予定だったけど、ヒトツキ延期しましょ。そうしましょ。
みんなの女のコのためだもん。ね。
女のコのストレートの長い髪に花かんむりを飾って、真上のお月さまにお祈りしましょう。
女のコの目が見えるようになりますように!!
両手でそっと顔を被い、ゆっくりと天をあおぎます。
自分の手を見ます。想像とおんなじカタチ。キレイ、とチョと思いました。自分の手が好きになれて良かった。
左手の薬指の指輪を眺めました。透き通るような紫のガラス細工の指輪です。
頭から、花かんむりを取ります。指輪とおんなじ色。
これが、そうなんだ。と女のコは思います。でも、ここは何でこんなに暗いんでしょう。
月、はすぐわかりました。草木は、かろうじてわかりました。でもあんなににぎやかにおしゃべり好きな木々たちが、なんでいきなりサラサラと悲しげな音しか立てなくなってしまったんでしょう。
風、というものに気づくのにスゴク時間がかかってしまいました。肌をいじめる冷たいイヤなモノが、あのタノシイ兄さんたちだなんて全然信じられない。
荒涼とした、月の草原。オンガクは? 妖精さんたちは?
さみしい。コレがみんながいつも見ているモノなの!?
女のコは、大切そうに花をキュッと抱きかかえ、目を閉じて、なみだをこらえました。
そのまま、目を閉じます。
遠く、彼方から、跳ねたリズムが聴こえてきます。
はやし、はやされ、光の粒子たちが、サラ、とまとわりついたと思ったら。
いっぺんにたくさんの光の束が女のコを取り囲みました。
「オメデトウ!」「オメデトウ!」「ソレが」「やっぱり紫の花だったんだネ!」
晴れやかな雰囲気で全てがわかります。
ところで、女のコはびっくりしています。今まで気配と音で感じていたモノたちを、見ることができるのです。女のコは生まれてハジメテ、自分の感じるモノの色の名前がわかりました。
アレは草木とおんなじ、緑! アレは花とおんなじ、紫!
いまのところ、たったふたつだけですが。
少女の足元に、すうっと光の道が敷かれました。「おかえりはこちら」「おかえりはこちら」「気をつけて」「足元に気をつけて」「村に帰るまで、ゼッタイ目は開かないようにネ」
妖精たちの気持ちが胸にしみます。
もう、月は真上からチョとだけ傾いて、妖精たちは三々五々、好き好きにつるんで草原から飛び去り離れようとしています。
女のコは、もういちどしっかりと紫の花を持ち直し、革の靴をキュっと鳴らし、帰りの道をあるきはじめました。
胸の中でオンガクが鳴っています。あのとき彼方から聴こえてきた、とってもタノシイ跳ねたリズムが延々とリフレインしています。
リズムにあわせて、軽い足取りで家を目指します。
さて。
女のコのお母さんは、ほんとうは命もあぶなかったんですが、みるみるうちに良くなりました。
女のコは、かわらず、明るく元気なはたらきものです。
女のコは、たからものにしていた、舶来の肌触りのいい布きれで、自分のために目隠しをつくりました。まだまだいっぺんにいろんなモノを見るのがチョと不安だったからです。
目で見た、お母さん、トモダチ、みんな大好きでした。でも、女のコは結局、目で見る世界にはなじめなくて、一日中目隠しをつけていました。
女のコは気づきました。色だけは見ないとわかんないってコトに。
だから女のコは、百くらい色の名前を覚えました。好きな色はターコイズ・ブルーとナイトグリーン。別の言い方だと水浅葱と花浅葱。妖精さんたちの光る色です。
そして、たくさんのともだちに、いろんなモノのほんとうの色を話しました。ニンゲンたちはホントに十人十色。あでやかできらびやか。目を閉じると、女のコにはそれがわかるのです。おわり。
※チャット中に暴走気味にチャット内で語りだした物語です。あのときはかなり冴えてました。もうできないかな……。ともかく、そういう経緯なので、全く推敲をしてません。そこがたぶんポイント。
目の見えない女のコの話
[モドル]