5時間目が終わって、掃除当番のヤツがいなければ、僕らはいつもみんな一緒に近所のヤマサキという駄菓子屋にでかけた。20円や50円で1ゲームのTVゲームがあったからだ。
「メガネ、一緒にヤマサキ行かん?」
「金持っとらんけん、行けんよ」
「しょうがなかねえ、でもこれあるから大丈夫ばい」
そう言って、「サッカー少年」若ちゃんは、ジーンズ地の半ズボンのポケットから、一本の先の曲がったハリガネを取り出した。
僕らは、それを「ハリガネゲーム」と呼んでいた。
たとえ20円や50円でも、小学生のこづかいには堪える。そこで、悪知恵を働かせた誰かが、ハリガネをコイン投入口に差し込むことを思いついたのだ。
先をカギ状に曲げて、全体を弓のようにしならせ、そっとコイン投入口に差し込んで手応えがあるまでゆっくりと探りを入れる。
上手いヤツはたいていちょっと悪ぶったケンカの強そうなガキ大将で、下級生の見ている前で立て続けに数十コイン入れて見せた。僕なんかは、ただ「すごいなあ」と思って見とれていた。
「クラスでいちばん勉強のできる」メガネは、ちょっと表情をくもらせた。
「若ちゃん、よかとね? 今度見つけたら警察に知らせるって、ヤマサキのおばちゃんも言うとったばい?」
「なんや、びびったん? だいたいメガネやってハリガネで入れてやったコインで遊んどったやろうが」
メガネは、小柄でぽちゃっとした運動不足気味の体をすくめ、それ以上もう何も言わなかった。
「おう、吉やんか、メガネも行くち言うとるばい」
強引に腕を引かれ、メガネはヤマサキに続く坂道を降りていった。
「こっからはケンケンで行かんばとぞ」
いきなり若ちゃんがそう言ったので、メガネはけんめいに、息を切らせながら片足ケンケンで若ちゃんを追いかけた。
ヤマサキの裏は倉庫みたいになっていて、空ダンボールの山やビールケースにはさまれるみたいに、三台のぼろいゲーム機が置いてある。
中は五人も入れば窮屈なほど狭くて、周囲をビニールシートで覆って暗くしていて、そのビニールシートをくぐるときには、異世界に入るような心地さえする。そこは間違いなく、小学生の秘密基地なのだ。
「松ちゃん、来とったとね」
「おう、若ちゃんか、先にしよったばい」
大柄の松ちゃんは、みんなのボスで、スポーツもケンカもできて、ゲームなら何やらせても上手かった。
「新しかゲームの入ったとよ」
そう言いつつも松ちゃんは、あたり前のようにハリガネでチャリチャリとコインを入れた。
「メガネもするとやろ?」
松ちゃんと若ちゃんと吉やんで、3回ずつぐらいゲームを回した後、若ちゃんが後ろでじっと見ていたメガネに声をかけた。
ニ三歩後じさり、ちょっとだけ拒むようなしぐさを、メガネは見せ、まわりがむっとした様子なのに気づいて、無言でレバーを握る。
無我夢中のプレイが上手くいくはずもなく、同じミスを3回繰り返して、あっという間にメガネの1ゲームは終わる。
「下手かねえ」
若ちゃんは笑ってメガネの体をおしのけるようにして、まだ何十コインも残っているゲームに再びチャレンジを始めた。
そのとき、メガネはどんな心境だったのだろう。
スポーツは苦手、ケンケンもできない、ゲームも下手くそだしケンカなんかしたことがない。どんなにがんばっても、いつも子供たちの間ではいちばん下になるしかない。
松ちゃんはハリガネを持っている。若ちゃんも持っている。ひょっとしてハリガネが魔法の道具のように思えたのだろうか。それさえあればみんなと対等になれると思っていたのだろうか。
翌日、メガネは学校に来ず、翌々日、学校中にメガネの噂が流れた。
「ヤマサキでハリガネゲームばしよって捕まったと、メガネらしかばい」
「学校行かんで、一人で昼からしよったとって、そんなん絶対捕まるに決まっとるやんか」
若ちゃんは唇をとがらせた。
「うちにメガネの家から電話のかかってきて、『メガネがあんなことになったのは、お前のせいだ』ち言われた。むかつく」
不思議とみんな意外だとは思っていなかった。つまり−−あいつは何でもヘタクソだから、ヘタ打っても当然だろう−−ということ。だから、メガネのことを本気で怒っているヤツはいなかった、むしろ同情していたほどだろうか。
しばらくメガネは誰とも口をきかなかった。だいぶたってから若ちゃんが、
「今日はヤマサキいかんの?」
と誘ったとき、メガネは口をモゴモゴさせて小声で言った。
「僕、塾のあるから」
それきり、誰もメガネを誘おうとはしなかった。
彼一人だけ私立の中学へ行き、みんなも20円や50円じゃ困らないほどになり、ゲーム機が新しくなってハリガネが通用しなくなった。
僕らは、昔話をするとき、よくメガネの事を言った。ヤツは今はゲームやってるんだろうか。まだアイツゲームへたくそなんだろうか。
ハリガネゲーム
[モドル]