夜の底は柔らかな幻〜第8章  

Phase 8 "natsuno hino orgasm"(496/Summer)

重たい黒雲がゆっくりと分かれ、遠くに青空が見えた。土はまだ湿っていたが、空気はカラリと乾き、天高く、はけではいたようなすじ雲が走っていた。
 雲の上がさあっと光ったかと思うと、ギラギラとした太陽が顔を出し、濃緑の草原をまぶしく照らした。
 日差しを顔に受け、ミンは目を細めた。手をかざして、天をあおぐ。
「梅雨明けかな?」
 黒髪を照らす熱に、心がはずむ。
 かんたんな革の肩あてと胸あてを身につけ、刀を手にしていた。そばではサイアルが、折れた刀をぶら下げるように手に持って、ぼうぜんとして突っ立っていた。
 刀の折れた所を、しげしげと眺める。折れた、というよりそれは、きれいに斬られていた。
 ふるえる手でミンの刀を指さして、ようやくサイアルは口を開いた。
「……ミン、おまえ、それ…………」
「ああ、これ?」
 ミンは、にこっと笑って、慎重に刃のついてない方を握って、つかの方をサイアルに差し出した。刃が陽光を受けて、油膜のように七色に輝く。
「……月虹か?」
「そうだよ」
 納得したようすで、サイアルは二度、三度とうなずいた。
「月虹なのかよ……。何でおまえが持ってんだよ」
 サイアルの顔色がまた変わる。
 月虹とは、島いちばんといわれる刀工、ザナルの銘刀であり、大陸でもほぼ最高の評価を受け、将軍クラスでもないと、まず持てないとされているしろものだった。
「……あはは、これは『月虹』だけど、ザナルの息子の方が作ったんだよ」
 ミンは笑って、それだけ答えた。
 名刀鍛冶ザナルには、アキと同じ歳の子がいて、すばらしい才能をもって修行にはげんでいるらしい。彼の作った最初の『月虹』をマイネクがザナルからもらいうけた。マイネクは、同じ“修行中”のミンに魔法をかけることをさせたのである。
「これ、借りていいかな?」
 すっかり感心したようすで、サイアルは言った。
「……マイネク先生のだから、マイネク先生に聞いてみてよ」
「……うん、今はいい刀も欲しいんだよ。どうなるかわかんねえし」
「そうだね……」
 ミンの表情からすっと明るさが消える。
 太陽が雲影に隠れ、風が吹き通り、草のすれあうサラサラという音が流れていった。
 ファイが手紙を届けてから、町はずっと緊張感が高い。排水や換気に使う櫓の上に監視塔が据えつけられ、リドネが中心となって警備を続けている。
 農民たちや坑夫たちが、かんたんな槍やハンマーなどの武器を持って集まることも多くなった。まだ足並みもばらばらで、大声で明るく騒ぎ合っている様子だが、年老いた人ほどピリピリとした雰囲気を持つようになってきた。
「やつらはどう動いてるんだ?」
 こんな質問が、ミンを戸惑わせることも多くなった。
 さっきまでは月虹のことを修行の成果としか思っていなかったのに、今は禍々しいほどの武器だと目に映る。妖しげに七色に光る刀身。
 サイアルは、もうこれは自分のもの、と言わんばかりに、月虹を自分のさやにおさめようとした。
「あ、先生、これでないとだめだよ」
 ミンが言った時には、サイアルのさやはきれいな切り口を見せて、左右二つにすっぱりと分かれていた。
「……なんちゅう刀だ……こりゃ……」
 濃青に染めた革製のさやが手渡された。それは見た目には柔らかかったが、いともかんたんに魔法の刀を飲み込んでしまった。
 苦笑いを作り、肩をすくめてためいきをついたサイアルに、ミンは追いうちのように言葉をかけた。
「そのさやは、アキが作ってくれたんだよ」

 アキはずっとミンの部屋に住んでいた。一日のはじまりは一緒に起きて、一日の終わりは一緒に眠った。アキにとっては、港にいた頃には考えられなかったほどの規則正しい生活だった。
 朝に瞑想と魔法の力をとらえる基礎訓練をしてから、水と油をもらいにいく、それから朝食をととのえるために、同じ棟に住んでいる人たちのための厨房へ行き、ごはんやパン、さらに野菜のスープなどを作る。
 ミンと二人で食べてから、日中はだいたい別々に行動している。午前中はアキは、町の子たちといっしょに読み書きや町のしくみ、計算などを習っていた。
 他の子たちはアキに対して遠慮していたし、アキもその方が楽だと感じていた。それでも、同じ歳の子に全く知り合いがいない、よりはましなんだろうと思っていた。
 食器をかたずけて、いつも通り町の方へ行こうとすると、ミンに呼び止められた。
「アキ、今日は一緒に行くよ。マイネク先生が用があるらしいよ」
 扉に手をかけていたアキは少しおどろいて、口を軽くあけて、とまどっていたが、はっと気づいたように明るく笑って、ミンの方へ駆け寄っていった。

 町役場の魔法使いの集合所へ行ってみると、熱気を感じるほどの盛り上がりがドアの外まで伝わってきていた。
「……俺たちにゃ無理だし、あんまり人手も使えねえんだ、すまん」 大声で叫んでいたのは、鉱山長のアーガスだった。彼はいわばケンネ町の太守でもあり、いざという時は坑夫を組織して戦いを指揮することになる。
 今日は気さくな彼らしく、庶民の服を着て、魔法使いたちと話し合いにきていた。妖魔の問題を常にかかえるこの町では、魔法使いの関与がないと何も物事が進まない。
「それに、このことは魔法使いの管轄だろうよ」
 マイネクに向かってそう言ったアーガスと、ちょうど部屋へ入ってきたミンの視線が合った。微笑みかけるアーガスに、ミンとアキは深々と礼をした。
「そうだ、そうだ。この子たちを待っていたのだよ」
 満面に笑みをたたえて、マイネクは言った。入ってきたばかりの二人は、ただきょとんとするばかりだ。
「あ、あの……何なのですか?」
 めずらしく、ミンより先にアキが口を開いた。
「……何かの仕事があると、聞いてきたの」
「ああ、そうだよ。別にむずかしい事ではないのだが……。実は結界の調査に行ってほしいのだ。二人で」
「結界がどうかしたの?」
「いや、そんなわけではない。毎年する定期的なものだ。だが今年は守備警戒のために人が足りなくてな……」
 サイアルは町民の訓練をやっていたし、リドネは町の監視、ライサは海沿いの国境にあたるシディア港で防衛に当たっていた。
 しばらくマイネクは細かいことを説明していたが、ミンはただひとつのことだけを気にして、ほとんどを聞いていなかった。重要なことは魔法の力をたくさん使わないとならないのか、ということ。──アキに影響がでるほどに──
 上目づかいにミンは、マイネクをじっと見つめた。
「ああ、魔法の力自体は、そんなには使わないよ」
 ミンが思う以上に、強く「心配そう」と感じさせたらしく、マイネクの語調はあわてて付け加えたような感じになった。

 翌日にもう森へ出ることになったので、ミンもアキも午前の仕事だけで早上がりして、午後は厨房で明日のしたくをすることになった。
「お肉はおとしてから吊るして、十日ぐらい経った方がおいしいんだよ」
「干したものはしょうがと『しょうゆ』で煮てもいいんだよ」
 料理のことに関しても、ミンはひとつひとつアキに教え、驚いたり感心したりするいろんな反応を見て楽しんでいるかのようだった。
 ミンと出会う前、憂いだけに固まっていたアキの表情は、心が開かれるたびにひとつずつ増えていった。笑ったり、すねてみたり、かわいらしかったり、凛々しかったり。ミンは新しい“アキ”を見つけるごと、心の底からじわりと沸き上がる喜びを感じていた。
「新しいお魚は、目を見て、見分けるの」
 そう言いながら、食料庫を物色するミンと、いっしょうけんめい後ろを追いかけるアキの様子を、調理部の“おばさん”たちは──ほんとにいいものばかり選んでくわね……遠慮なく……──と苦笑いまじりで見つめていた。
 その他、ミン、アキの住んでいる建物を管理しているフェーネアおばさんが、かなり細々としたものを揃えてくれた。
 魔法の明かりは妖魔地帯の中では上手く使えるかわからないので、普通のランタンを持っていくことにした。何に使えるかわからないが、ロープも入れてくれた。
 虫と蛇よけの青いズボンも用意してくれた。魔法とは縁のない、生活の感触のするものばかり。
「早く眠らないと、明日たいへんだよ」
 アキは、荷物をまとめたリュックを開けて、中のものを眺めるということを何度もくりかえしていた。目が輝いて、頬が少し紅潮している。
「はあい」
 返事はやたら元気が良くて、とても今から眠るという感じはしない。
 ミンはくすっと笑った。
「……しょうがないね。……今からちょっとしたことをマイネク先生に頼みにいくから、一緒に行こう。で、一緒に寝よう」
「うん」
 さっと立ち上がって、アキは軽く応えた。
「何を頼むの? ミンねえさま?」
「そうね……うん、すぐわかるよ」
 ミンは同じ建物にあるマイネクの部屋を軽くノックした。

「おいおい、ミン。何でそうなるのだ?」
 ミンの「頼み事」を聞いて、マイネクは目をまるくした。
「いいよね?」
 余裕のある笑みで、ミンは胸を張った。
「……ちょっと待て、いくらなんでもそれは危険だ。大体必要のないことではないか」
「そうかな?」
「……ひょっとして結界の状態が悪かったら、けっこう時間がかかって、夜になっちゃうかもしれないわ。マイネクみたいにね」
 マイネクの部屋に遊びにきていたフィビアが、ちょっといじわるっぽく横やりを入れた。
「なんだ、フィビアさんまでそんな事を言うのかい?」
 フィビアとミンが、こっそりとウインクを送り合う。
 ミンの頼み事というのは、
 ──マイネク先生。森に一晩泊まってきていい?──
 というもの。
「わたしもついていくから、……大丈夫だわ」
 フィビアの一言に、マイネクも折れた。
「……うーむ、……わかった。構わないが、無理しないようにな」
「ありがとう」
 にこっと、明るく笑ったミンの後ろで、アキが眼を閉じて少しだけ──でもとてもうれしそうに──口許をゆるませた。

 朝は空が群青に晴れ渡り、暑くなりそうな夏の一日を予感させた。
 マイネク、リドネに見送られて、二人は町の南東の入口を出た。テンヤンの森に行くときはいつも通っていた場所だ。
 ついつい急ぎ足になってしまうアキを、ミンは呼び止めた。
「アキ、そんなに急がなくていいよ。疲れないようにゆっくり行こう」
「はあい」
 楽しそうに言葉を返す、そのときだけは歩みをゆるめるが、気がつくとまたミンのずっと先まで行ってしまう。
「ゆっくり行こうよ。……おはなししながら」
「おはなし?」
 アキは少しきょとんとして、首をかしげてみせた。大きな麦わら帽子のせいで、仕種がよけいにかわいらしく見える。
「うん、……たとえば妖精のこととか。アキはあまり聞いたことないよね」
「そうだね……。ミンねえさまはいろいろ知っているの?」
「ん……、少しは。フィビアから聞いたことなら?」
 ミンは、自分の肩の上に乗っているフィビアに、ちらっと視線を送った。
「え? あたしが話すの」
「おねがい。せっかくフィビアいるのだもの」
「苦手だわ……何を説明すればいいんだか……」
 そう言いつつも、フィビアはクリーム色の翼を一打ちし、ミンの肩に軽い衝撃を残してすうっと滑空して、アキの麦わら帽の上にふわりと着地した。
 アキは思わず頭上に手を伸ばした。フィビアは軽く羽を開いてアキの小さな肩に下りる。シャツのえりもとにしがみつくようにして、なんとか身体を支える。
「アキ、あたしいくつだと思う?」
 フィビアのいきなりの質問に、アキは少し考え込んだ。王城の港町に育ったアキは、ケンネ町に来るまで妖精を見たことがなかったのだ。
「……十八、くらい?」
 外見だけを見て、アキは答えた。幼くはない、しかし大人びてもいない。
 フィビアは、小さな鈴を鳴らすように、くすっと笑った。
「……えーと、二百、とちょっとかな」
「ええっ?」
 おどろいて、アキはフィビアの方を振りむいた。フィビアは身をかがめて、あごの先端の直撃を避けた。
「ほんとうなの?」
「そうよ。フェアリーは歳をとらないのよ」
「……じゃあ、ずっと、死なないの?」
「それは、難しいわね。……死なないのかもしれないし……。もともとフェアリーは魔法空間にいるものだから、『死』とは言わなくて、『空間へ還る』と言ったりするわ」
 アキは少し考えてから、言った。
「……『還る』ってどういうことなの?」
「この世界での姿を消して、魔法空間へ行く、ということかな? ほとんどのフェアリーはこの世界にいることを、あまりいいことだと思ってないのよ」
「だから、『還る』の?」
「うん……。ふつうはね。……あたしは違うわ。ほんとなら、百五十歳くらいで『還る』ものなんだけど、もう二百になっちゃったんだもの。これから何年この世に残るのか、それはわかんないわ」
「そうなんだ……」
 少しだけ目を閉じたり、歩くのを止めたり、首をかしげたりして、アキは得たばかりの難しい知識をけんめいにまとめようとしていた。
「ふつうの妖精さんは、百五十歳くらいで、……自分から『還る』の?」
「そうよ」
「……じゃあ、還りたくなければ、いつまでも還らなくていいんだ」
 また、くすっと笑って、フィビアは答えた。
「還らなくて、いいってことになるわね……」
 フィビアは、軽く肩を蹴って、さっとミンの方へ行った。アキは、「あれっ?」という感じでフィビアを見上げた。

 妖精たちは、自分たちのことを、「もともと魔法空間に住んでいたのだが、何かが欠けてしまったためにこの世に現れたのだ」と考えていた。
 だから、最初の五十年で旅して自分に欠けたものを探し、次の百年で森に住んで欠けたものを直し、百五十歳ぐらいで空間へ「還る」のだ、とされていた。
 現世にとどまる者は、よほど人間たちが好きか、……そうでなければ埋めることができないほど、心が欠けている──傷ついている──かだった。
 フィビアにも、心の底に消えないわだかまりがあった。触れられるのがいやだったから、アキの質問をさっと避けてしまった。

 吹き抜ける風は朝の冷たさを保っていたが、太陽はまだ高くないのに刺すような夏の日差しを送ってきていた。
 堂々と立つ高木の間を縫って、小道は続いていた。やがて、少し開けた広場に出て、そこから道は二つに分かれていた。
 太い木に案内板が打ちつけられていて、文字が刻まれていた。右にいくと「テンヤン山麓結界」、左にいくと「ティアフル村」とある。
「ティア・フル・村?……」
 つたが巻いた看板を、アキは読みにくそうに読んだ。
「こんなところに、村があるのね」
「私が育った村だよ」
「ミンねえさまが?」
 ミンは、アキの頭をそっと撫ぜて、視線を看板へやった。文字はおそらく、育ての親ヴェルティオネのもの。
 看板の指し示す、けもの道並みの小道の先を、ミンは目で追っていった。──向こうから、人が来るかもしれない……──
 風にあおられ、丈の高いかやがざわめき、ミンの不安をつのらせた。
 野菜などを売り買いするために、故郷の村人がケンネ町に来ることはたまにあった。そんなときミンはできるだけ人の集まるところを避けて、彼らと会わないようにしていた。向こうは気まずい思いをするだろうし、私は、……どうしても憤りを抑えきれない。
「ねえさまの、ふるさとの村はどんなところなの?」
 無邪気に明るく聞いてくるアキに、ミンは一瞬むっとしたが、すぐに笑って、なんとか取り繕った。
「……そうね。……つまんないところだよ。だから飛びだして来たの」
 微笑みで、アキは応え、自分からゆっくりと話しはじめた。
「あたしの生まれた町はね……」
 アキの言葉に、ミンはびくりとした。アキの過去にはつとめて触れないようにしてきたのだ。何が話されるのか、聞くのが怖いほどなのに、それでもなんとか笑顔を作る。
 アキは、とつぜんミンから視線を逸らし、うつむきかげんにためらい、下唇を噛んだ。場をしのぐようにぺろりと舌を出して見せたが、一瞬の辛い表情をミンは見逃さなかった。
「…………、あたしの町もつまんないところだったわ」
 何かを隠し、ごまかしたのは、ミンにもわかった。──この子は、まだ昔の傷が残っている……──
 心が、苦しさにきゅっと痛んだ。

 深い森を抜け、さあっと視界が開けるところに来たころには、日もだいぶ高くなっていた。案内板のところで一休みして、結界のある暗い森の方へ入っていった。
 アキは初めてだったが、ミンにとってはここから先の方が森よりよく知っている場所だ。
 ミンの先導で、三人は結界までたどりついた。
 夏のことだけに、結界の大木も青々と葉をつけ、木肌からは樹液がしみだしたりしていて、横溢な生命を感じさせた。大きい甲虫が張りついていて、ミンは面白そうに眺め、アキはおそるおそる見つめていた。
 検結界器と砂時計をリュックから取り出し、さっそく結界の検査にとりかかる。ミンが吸い込まれる物体の数を数え、アキとフィビアが時間を見る。
「いいよ!」
 高く澄んだアキの声が森にこだました。
「……五十一……」
 ぽつりと、ミンは言った。
「五十一? そんなにあるの?」
 少し驚いて、フィビアはミンの肩の上まで羽ばたいた。
「普通は三十くらいなのよ」
「そうらしいね……これはやはり結界がおかしいのかな?」
「いや、違うわ。テンヤンの結界はね、魔法空間の動きに合わせて活発になるように作られているのよ。だから、結界は変じゃないんだけれど、……空間は少し激しすぎるみたいよ」
「どうしたんだろう?」
「……うん、……マイネクに言わせれば『もうひとつの世界が近づいているから』ということらしいわね」
「どういうこと?」
「……、あたしにも、完全にはわかんないわ……」
「何かをしなければ……」
「……えっ!?」
 突然のミンの言葉に、フィビアは目を見張った。
「え、ええっ? なに? 私今なにか言ったの?」
「うん、……ひとりごとみたいに『何かをしなければ』って……」
「何かを、……しなければ……?」
 木漏れ日を見つめつつ、ぼおっと言葉の意味を感じる。答えは、心の奥深く、遠すぎて形が見えない。自分の姿がまだわからない。
 ──結界を見たとき、何かを思い出しそうになった。私はやはり何かをしなければならないらしい……──
 ふと、傍らのアキの、やわらかな視線に我に返る。

 さらに奥に行くと、初めてマイネクと会った思い出の場所に着き、その向こうは、かつてミンが森の生活をしていた場所だった。
 四本の大木がほぼ正方形に立ち並んでいるところに、ミンは走り寄り、ぽんぽんと軽くいつくしむように幹を叩き、満足そうに微笑んだ。上を見上げると、ミンがかつて魔法の手助けで作った簡単なツリーハウスがほとんどそのままの形で残っていた。
 竹を編むようにして床を作り、縄を張って手すりにしていた。ただ、草を重ねてふいた屋根はあらかた吹き飛ばされてしまっていた。
 登るための縄梯子が切れていたので、リュックからロープを取り出して梯子にしようとした。ちょっと魔法の目を開くと、ロープは生き物のようにするするっと伸び、手すりに絡まった。
 ミンがロープの結び目を頼りに先に登り、縄の張りなどをすべて点検してから、上からアキを手招きした。慎重に、ゆっくりとアキは足をロープに絡ませて登ってきた。
 細い腕を助けて、床の上へ引き上げる。
「……けっこう高いのね。涼しくていいわ」
「ありがとう、これは自信作なの」
「フェアリーになった気分、かな?」
 手すりの縄に腰掛けていたフィビアは、笑って答えた。
「うん、あたしたちもよく木の上にこんな家を作ったりするわ」
「鳥の巣みたいなものなの?」
「そうね……ほんとに鳥の巣で休むフェアリーもいるわ」
「鳥はどうするの?」
「……さあ、別に巣を作るんじゃないの?」
「えげつな……」
 ぽつりとミンはつぶやいたが、顔は笑っていた。
「まあ、いつまでもここにいてもしょうがないし、そのあたりを回ってみよう。温泉とかあるよ」
「温泉?」

 ミンたちの島には火山がたくさんあり、活動はしてないにしても温泉を湧きだしてくれる。ケンネ町でも温泉が出ることはしょっちゅうで、結構生活の役に立っている。
 土の道を登り、黒いごつごつした火山岩の崖を下りると、硫黄の匂いがかすかにした。滝というには細すぎる流れが、岩と岩の間から分けいでて、下にちょっとした泉を作っていた。
 アキは熱そうと思ったのか、こわごわと、手を浸してみた。
「……あれ? ちょうどいいくらいよ」
「うん、ここはそうなんだ」
「そのまま、入れそうね」
「入ってもいいよ」
「…………ええっ?」
 照れたように戸惑ったアキに、ミンは言った。
「何も構わないよ。私もよく入ってたよ。ここは人目を気にすることなんかないんだから」
「……人目はないかもしれないけど、妖精目は?……」
 フィビアが、ぱたぱたぱたと飛んできて、ミンの耳元にそっとささやいた。
「………………んなっ……!?」
 ミンの顔が、さあっと朱に染まる。
「いくらフェアリーでも、男の子に見られたら、恥ずかしくない?」
「………………誰か見てたの!?」
「……あたしは見てたわ」
 服の上から胸を隠すようなしぐさを見せ、ミンは真っ赤になった。
「もう! フィビアはいいの! でも、フィビアが見てた、ということは……」
 おかしくてたまらない、という感じに、フィビアはミンのまわりを風を切ってくるりと回った。
「あはははは、……気にしないでいいよ。他の妖精は見てないから、このへんはあたしの場所だもの、他のフェアリーが入ってきたらすぐに気づくわ」
 まだミンは不審そうにしている。
「ねえ、ミンねえさま? 身体拭くてぬぐいはあった?」
「入れてきたはずだよ」
 ミンがふりむくと、アキはもう腰から上の白い肌を露わにしていた。
 あまりに天真爛漫で、ミンは思わず息を飲んでしまった。──それにしても、よくお風呂いっしょに入ってるから、はだか見たの初めてじゃないけど……。魔法を封じる乳白の玉石だって、こんなにはなめらかでないよ。──
 それでも動きのひとつひとつはきびきびとしていて、木々を駆ける妖精もかくやと思わせる。
 ミンもシャツを脱ぎ、胸に巻いていた布をゆっくりと外した。身体の前で腕を組む。指先に感じる自分の肌のやわらかさになぜか安心する。
 フィビアはミンが温泉に入るまでのようすを岩に腰かけてぼおっと眺めていた。──この子も、ずいぶん大人びてきたわね。……正直、背が高かったから、もっと骨ばった感じになるのかともおもってたんだけど、どうしてどうしてこれは……ま、いいや……。あたしもお風呂にいれてもらおうかしら?──
「ミン、アキ、……どっちでもいいけど」
「なあに? フィビアさん」
 お湯に首までつかっていた二人は、いっせいにフィビアの方を見た。
「あらら?」
 すでにフィビアも、胸の下(と羽の上)で止めるズボンに、羽のための切れ込みのあるシャツという妖精の伝統的な衣装を取り払い、裸身を黒の岩肌の上にさらしていた。
「温泉の端の方に、そこの岩を沈めてくれない? たぶんそれであたしでも足が届くようになると思うのよ」
 なるほど、と手をたたき、ミンは上半身だけをお湯から出して、人の頭くらいの大きさの岩を両手で抱え、端の浅くなっているところに置いた。岩はちょうどてっぺんが水面に見え隠れするぐらいになった。
 ゆっくりくつろぎ、空を見上げると、木の葉が何層にも重なって、濃いみどりと、薄いみどりと、明るい空色の揺れるモザイクになっていた。
 ──あの空の遙か遠く、私はよく世界に魔法の視線を飛ばして遊んでいたな……──
 今は、できない。森にいたころは気づいていなかったが、視線を遠くにやったり、パンを作ったりするのは意外に魔法の力を消費するのだ。魔法空間を大きく乱すから、魔法使いや妖精たちに迷惑がかかるし、……アキに影響が出るのはどうしても避けたい。
「……アキ……」
「なあに? ミンねえさま」
「アキは、島の外に広い大陸があるの知ってる?」
「うん、……いろいろと聞かされたことはあるわ」
 港町育ちのアキは、大陸のさまざまなことを、あやしげな知識も含めて知っていた。
「……いつかは、大陸にも行きたいね……」
 ミンの言葉に応じたアキの声は、とても小さくて、ミンには聞こえなかった。
「…………そのときは、別れ別れになるのかな……?」
「ん、なに? アキ?」
「何でもないわ。ねえさま……」
 瞬間的に、沈んだ瞳の色を、ミンはしっかりと見てしまった。こころの底、忘れることのできないものが浮き上がってくる。

 即席のかまどで煮炊きした、「生まれてからいちばんおいしい」ごはんの後、草原で妖魔たちと遊んで、魔法の訓練をした。日はもう完全に沈んでしまい、月が出るまでの間は自分のてのひらがわからないほどの暗闇。
しかし、夜空は真っ黒ではない。
 かすかに、しかしはっきりと光るいくつもの点が、形をなして、いくつもの星座を作っている。
 いなほの星座の、穂のつけ根に、青白く輝く、天でいちばん明るい星──カゾリフ──がある。
 はるか昔に生きて、島を守った魔法使いが、神として、名前を星にさえ残しているのだ。
 ちいさな頭を、きゅっと反らして、アキはいっしょうけんめい、天のいちばん高いところを見つめていた。
 草原には風が舞い、肌には夏には珍しいほどの冷たさを感じた。ミンは、アキの両肩に手をかけ、そっと身体を寄せた。
 フィビアは、自分の昔の仲間に会うのだと言って、どこかへ行ってしまった。二人しかいない森。ひょっとしたら、この世に二人だけしかいないんじゃないかと、容易に信じ込んでしまえるほどの完全な暗闇。
 アキは、手にしていた手提げランプの芯を、ともしびが消えるように、下ろしきってしまった。
 お互いのぬくもり以外、何も感じなくなる。見えるものは、満天にひろがる星たちの群れだけ。
「あのちいさい星も、実はとても大きいのでしょう? ほんとは太陽とおんなじなんだって」
「そうらしいね」
 マイネクが大陸で聞いてきた知識を、アキも聞いたのだろう。天文学者たちの、新しい説だった。
「でも、とてもとても遠いから、ちいさな点にしか見えないんだって。馬に乗っても、十億年もかかるらしいわ」
「十億年?」
 あまりな数の大きさに、気味の悪い不安を感じたのか、ミンはアキの肩を、きゅっと握って抱き寄せた。
「どうしたの? ミンねえさま……」
「……信じられないほど、長い時間だね。人は、数十年しか生きないんだから」
 アキにとって、数十年も、十億年も、永遠と変わりない長さだった。
「あたし、ときどき、夢を見るの」
「……どんな?」
「そのうち、あたしとねえさまとで、あの星たちの間を、自由にかけまわる日がくるって……。魔法で、星に行くことはできるのかしら?」
 ミンは、アキの肩から、そっと手を離した。
「……考えたことも、なかったな」
「どうです? ミンねえさま?」
「……そうね、行けるかもしれないね」
 はるかに高い、天を見上げる。
 ひときわ目立つ、いなほの星座で、いちばん明るい「カゾリフ」。
 ──明るい星は、近いのだろうか? それとも、もっと暗いけども、もっと近い星があるんだろうか?──
 自分の魔法の力でも、とてもわからないことがある。ミンは、満天の星空に、はじめて畏れを感じた。──それでも、……いつか私の魔法でわかるときがくるかもしれない。魔法的に、いちばん近い星になら、ひょっとしたら、行けるかもね……──
 夜闇にまぎれて、ミンはちょこっと、舌を出してウィンクしてみせた。──でも、十億年だったりして──。とてもかなわぬことを、一瞬でも想像してしまった自分が、ちょっとおかしかった。

 アキの言葉が、「何か」を忘れかけていたミンの心を一瞬にして凍りつかせた。
「……でも、わたしは行けないと思う。ミンねえさまが一人で行ってしまうの……」
 心が、はっとする。うかつにも、返す言葉がすぐに思いつかない。
「わたしが行けなかったら、ねえさま、ひとりでも行ってね」
 風が、ごうと音をたてて、吹き過ぎていく。再びアキの肩に触れようとするが、腕はむなしく空を切るだけ。
 あせり、戸惑う。天には星々が広がり、足元には暗黒の大地が広がる。
「アキ、アキ……どこ?」
 ミンの声は、うつろに、風に飲み込まれてしまう。
 母親におきざりにされた子供みたいに、心細くて泣いてしまいそうになる。
「……ごめんね、ミンねえさま。……だけど、わたしたちは、……いつかは離れなきゃいけないんでしょ? ……わかっているの」
 ──そんなことはないよ──そう言おうとして、ミンは声を詰まらせた。──そうだ、いつかは離れないとならなかったんだ。この子は、とっくに、その事を知っていたんだ……──
 それでも。……何も言うことはできずに、ミンはただ呆然と暗闇の中に突っ立っているだけ。
 はっと気付くと、そでの先を、くいくいっと、かわいらしく引っ張る手があった。
「……ねえさま……もう帰ろう」
「そうね、一緒に帰ろう」
 言った瞬間『一緒』という言葉が気になった。──私たちは、いつまで一緒にいられるのだろう……。別れる時は、どのように別れるのだろう──。
 ぎんなんのような月の下、ツリーハウスで安らかに寝息を立てるアキを、眠れないミンは、じっと見つめていた。長いようで短かった自分たちの時間が、もうすぐ終わりに近づいていることを、堂々めぐりの考えでけんめいに否定しようとしながら……。

 同じ月の、青白い光の中、フィビアは二人のフェアリーと話をしていた。千年は経とうかという巨木のいちばん高い枝に、妖精の影が三つあざやかに浮かび上がる。
「……ミンを見ていたんだね」
 シノは、ゆっくりと、一言だけ言った。
 光の色をそのまま映す純白の翼、右側に大きくまとめた白銀の髪、くりっとした眼に深い輝きを宿す。
 かたわらの、もう一人の妖精レイナは、栗色の翼。線が細く、瞳はきつさを感じさせるほどの鋭さを持っていた。金色の髪を派手に跳ねさせ、シノよりも活発な印象があった。
 シノとレイナは、ほとんどいつも二人で行動している。歳は五百を越え、カゾリフの神話にも名前を見せる、「伝説」になっているフェアリーたちだ。
「そうよ。あんたたちのためにね」
 フィビアの口調には微妙にとげがこもっていた。──あんたたちがテンヤンの森に来たとき、あたしは何もかもなくしたのよ。住処も、恋人さえも……──。二百年も前の、消えることのない思い出。
「……あんたたちが、特別な人だってのはわかってる。……ミンだって世界のためにいるんだって知ってるわ。だけどね、あたしだって生きているの。あたしだって世界の一員なんだからね……」
 とりとめもなく、くやしそうに続くフィビアの言葉を、シノとレイナは黙って聞いていた。“あたしだって忘れないでほしい”この一言が言えないために、まとまりがなくなってしまうことを、痛いほどわかりながら。
「ミン、……あの子はカゾリフの転生なのね?」
 シノは、だまってうなずいた。
「そうか……やっぱりそうなんだ……。じゃ、いつかは町を出て大きな仕事をしにいくのよね……」
「それはわからないよ。魂とか転生とかは、あの子自身には全然関係ないことだもの。ミンはミンの好きなように生きたらいいだけ」
「だけど、……あたしにはやっぱり手に余るわ。ミンはいずれあんたたちのところに行くと思う。魔法の時代は動き始めてるんだし、カゾリフとあんたたちの、深い関わりの話も聞いたことがあるわ……」
 二人は、あやふやに、ためらいがちに首を縦に振った。
「……その日まで、あの子を見てるわ」
「……ありがとう」
「『ありがとう』か、……『ありがとう』ね、……」
 眉間の奥の、弾けそうな熱さを、フィビアは感じた。熱はしずくになって瞳からこぼれおちる。
 ──二百年まえ、森にたくさんの妖精が来たとき、もともと住んでいたあたしたちは敵を見るような目で見られた。あのとき、あたしは力では全然かなわないことを思い知らされた。……そしてまた今、たった一言で、再び同じことを悟らされるのだ──
 伝説には敵すべくもないと、認めてしまえば、少し楽になった。
「いずれ、ね……」
「うん……」
 シノとレイナは、ばさりと、一瞬だけはばたきの音を残し、夜の闇の中へ消えていった。おそらく、北のイナムの森のシャロックのところへ帰っていったのだろう。
 一人残って、フィビアは思った。
 ──……シノ、レイナか……。もう絶対に許せることなんてないと思っていたのに、会ってみたら不思議と怒りを覚えなかった。あたしも色々と変わったし、わかったこともあったしね……
 ……空間へ還りたくなるフェアリーの気持ちって、こんな感じなのかな……。もう、そろそろ深い森にひそみ、空間への瞑想を始める時期が来ているのかもしれない……──
 月が大きく西へ傾くころ、フィビアはツリーハウスにようやく帰ってきた。
 ミンとアキは、厚手の布にくるまって、重なりあうようにして寝息を立てていた。二人の間のわずかな隙間に、そっと丸まって目を閉じると、すぐに眠りに落ちてしまった。

 翌朝、少し雲が出てきたので、三人は早めに森をでることにした。
 行きのときと同じように、明るくしゃべりあうのだけど、ミンの心の中はもう完全に晴れることはなかった。
 まるでアキに無理して明るくさせているような気がする。

 昼頃町に帰りつき、報告のために役場の集合所に行ってみると、意外なことに町の魔法使いのほとんどがそこに集まっていた。
「どうしたの?」
 不審に思ってミンがたずねると、兄貴分のソーウェが、そっと机の上を指さした。
 一通の大きな字で書かれた文書が、皆に見えるように置かれていた。イグゼム国王の朱印が、ひときわ目立つ。
『 ケンネ祭司 ディアナ・フォーラス殿
 ケンネ首長 アーガス・ロッドルード殿
 罪人マイネク・ウィルフィールドについて、ケンネ町がこれをかくまっております。
 秋分二日(九月二十五日)、マナの町にて、マイネクの引き渡しを命じます。                      』
「何なの? これは!」
 ミンの後ろから、アキもそっと顔を出し、机の上を眺めて同じような不機嫌な表情になる。
「まあ、おちつけ、ミン。来るはずのものがようやく来た、というだけじゃないか」
 サイアルはミンをなだめ、文書を手に取り、かざすようにもちあげた。
「まあ、この中に素直にマイネク様を受け渡したほうがいいなんて考える奴は一人もいないな」
 一同は、いっせいにうなずく。
「となれば、これは宣戦布告みたいなものだ。マナの町で一戦交えることになるだろうな。受けてたってやろうじゃないか」
 パチパチとソーウェが手を叩き、拍手は部屋全体にあっという間に広がっていき、騒々しくなってなかなか鳴り止まなかった。
 腕をさっと振って、騒ぎをぴたりと静め、サイアルは続けた。
「ならば、誰がマナに行くかな?」
「ねえ、ちょっと待ってよ。向こうがどう出てくるか考えないと、なにしたらいいかわかんないわよ」
 サイアルを止めたのは、ライサだった。手紙に書かれたケンネ祭司の“ディアナ・フォーラス”はライサの母である。自分の一族にも深く関わることだけに、サイアルの様子に不安を感じるほど慎重になっていた。
「……なあに、過去の事例に従うまでさ。マナ町というのはそんな場所なんだ」
 マナ町は二本の川に挟まれた中洲のような町で、一本の川向こうはイグゼム王城のサイリン町で、もう一方の川の対岸はケンネ町が港にしているシディア町だった。
 マナ町自体はイグゼムのものになったり、ケンネのものになったりしていたが、両方の力が拮抗しているここ数十年ほどは、中立を保って両者を牽制していた。この町のおかげで、ケンネ町とイグゼム国は全面戦争を起こさずに、今まで並び立ってきたのである。
「つまり、魔法使いたちが使者に立ち、軍勢は川の手前で待機させておけばいいってこと……」
「それって……」
 ライサは、思わずマイネクを見た。マイネクは辛そうにうつむいている。
「……まず魔法使いどうしが、戦うことになる、ってことなの?」
「そうだな。マナの町は兵士を動かせる場所がどこにもないんだ。向こうもそれはわかっている。無茶はしないさ」
「……どうしようか……」
 困ったように、くちもとに手をあてて、ライサは部屋の隅の方へ視線をやった。
「実戦の経験があるのは誰かな?」
 マイネクが聞くと、皆お互いに顔を見合わせた。
「……俺は、一応あります。若いころ、大陸で」
「うむ、サイアルは頼りになりそうだな。わしも経験はなくはない。二人で訓練に当たらないとな、ひと夏あればなんとかなるだろう。……いささか不安だが、それは向こうも同じことだ」
 魔法使いたちの表情にやる気が戻ってきた。……心細いミンとアキを除いて。
 やがて、意を決して、険しい表情でミンが告げた。
「……マイネク先生」
「どうした? ミン」
「私たちも訓練に参加する」
 しばらく、マイネクは白髭をもてあそんでいたが、やがてゆっくりと答えた。
「そうだな。訓練には参加しておきなさい。戦いに出るかどうかは、また別の話だがな」
「ありがとう、マイネク先生」
 そっと目を閉じて、ミンは言った。そばのアキは、誰にも見えないところで、小さな手でミンの腕をきゅっとにぎりしめ、身体をほんのわずかミンに寄せた。


夜の底は柔らかな幻〜第8章