姫さまの羽

 天高く、抜けるような初夏の青空! おせんたくものはすっかり乾いて、顔を寄せると太陽の匂いがします!
 ふわふわの、とっても気持ちいいせんたくもの、ぜんぶ取り込んだら、もとの小さな妖精さんの姿に戻って、空高く飛んで行きたいです。今日は風がとっても気持ちいいんだから。
「リンカー、これ終わったら空へ行かない?」
「そうしよ! プチフェアリーの練習も一緒にしよう☆」
「うん☆」
 ここのとこ、わたしたちはプチフェアリーの魔法の練習をたくさんやってます。とっても危険な攻撃魔法ですが、いざというときのために、覚えなくてはいけません。
 だけど、タオルをたたんで、シャツをたたんで、「さあ、気分はもう大空!」というときに、お城の高い窓から声がしました。
「ティンカーちゃんとリンカーちゃん、ちょっとおねがい」
 女王さまです。ああ、残念、空へ行く前につかまってしまいました。でも女王さまの仕事をするのも、わたしたちは大好きです。小さな妖精さんになって、ぱたぱたと窓のところまで飛んで行きます。
「女王さま、何です?」
「あのね、城のコックさんに、今夜のメニューを頼みたいの。びっくり鉄火の鉄火丼と、キーマカレーと、ミートパイ、あわびの蒸し物に根つき鯖のさしみ、きんせんぴんとまふぁーる、天一のラーメンにさぬきうどん……」
 わたわたわた。
「ちょ、ちょっと女王さま! いくらなんでも覚えられませーん☆」
「ああ、そうね。じゃ、書いて持ってってね。……あ、そうだ、あとお赤飯」
「お赤飯? 何かお祝いなんですか?」
「ええ。ランがね。すこーし大人になったかなー、ということなの」
「??」
 ラン姫さまは、ちょっと背中がうずくので、今お城のお医者さんに診てもらっているんだそうです。心配なので、様子を見にいきます。

 ぱたぱた、窓からお城の医務室に入ります。あらあら、白いシーツの上で姫さまが、背中をさらしてうつ伏せに横たわっています。
「あーっティンカー、ねえ、ちょっと聞いてよ、さっきからケスベイ先生がぺたぺた背中さわるんだよ」
「なんじゃ人聞きの悪い。診察のためにはさわらんといかんじゃろうがっ!」
「診察ならよろしいですが、先生、必要以上にさわらないでくださいね」
「リンカーまでそんなことを言うかの。……まあよい、ティンカーとリンカーもこれを見なさい」
 わたしたちは、姫さまの背中の方へ回りました。腰のちょっと上のあたりに、左右対称に4つのあざがうっすらとできています。
「あら? これは?」
「そうじゃ、たぶん羽ができるんじゃろ。さっき女王さまもいらっしゃったが、『おそらくそうでしょう』と言っておった」
 姫さまや女王さまはスプライツの一族なので、10歳から15歳のあいだくらいに、背中に羽ができます。
「違うよ、これはただぶつけただけなの! 昨日フォーレットの森で!」
「姫さま、昨日、フォーレットに行ってたんですか?」
「ま、まあ、ちょっとね」
「とにかくじゃ、ランちゃん。羽ができるんじゃから、大事をとって三日は安静にしとった方がいいぞ」
 ケスベイ先生の言葉に、姫さまはちょっとムッとした表情を向けました。
「そんなんあたしはヤだからね。だいたいさっきからぶつけただけだって言ってるじゃない! なんで寝てなくちゃいけないの?」
「あ、姫さま!」
 姫さまはさっと服を整えると、あっという間に手近に置いてあった魔法のほうきにまたがって、窓から逃げ出してしまいました。
 ほんとにもう、世話が焼けます!
「きみたち! ランちゃんを追うんじゃっ!」
「はい☆」
 先生の言葉を受けて、わたしたちも窓から飛び出しました。
 しかし、そういえば、まだわたしたちは女王さまの用事をすませていません。なにせ5分食べないだけでおなかのすく人です、一瞬の遅れも許されないのです。
 勢いよく飛び出したはいいものの、結局その羽でコックさんのところへ行きました。姫さまは見失ってしまいました。残念。
 姫さまは、夕食の前にはお城へ帰ってきました。ようやくほっとしました。

 せっかく晴れた大空に飛び出していこうと思ったのに、いろいろあってもう夜です。おおきな満月の明かりだけを頼りに、魔法の練習をしに行きます。
 悪の帝王メヴィウスが女王さまを連れていったとき、このプチフェアリーの魔法が役に立ちました。またいつあんな事件が起こるかわかりません。
「リンカー、行くよ」
「いつでもいいよ、ティンカー」
 フォーレットの森をうろつく、丸っこい鳥のおばけに、クリスタルの呪文を撃ち込みます。一匹だけ壊すと、爆発がひろがって四五匹の鳥がまきこまれ、魔法の攻撃玉に変身します。
 リンカーが、飛んできた攻撃玉を撃ち返します。私ティンカーの方に、光るリバース玉が返ってきます。
 これを、もう一回クリスタルで撃つと……
「プチフェアリー!」
 青白い妖精さんの幻影が、高速で飛んで行きます。
「上手くいったわ、リンカー」
「うん☆ かなり成功率が上がったね☆」
 そのときです。
「………………きゃ〜あっ!」
 遠く遠くから、なんとなく聞き覚えのある声がしました。
「あ、もしかして……誰かに当たったのかな?」
「行ってみよう!」
 けっこう威力のある魔法です。もし人に当たっていたらたいへんです。

「なんなの? 昨日も今日も……、あいたたた、昨日ぶつけたとこ、また傷めちゃったよ〜う!」
 きゃ〜あ☆ 姫さまでした。
 森に落ちたらしく、地面に座り込んで腰のあたりを押さえています。
「ティンカーとリンカー、何か青白いもの見なかった? いきなり高速でぶつかってきたんだよぉ」
 わたしたちは、顔を見合わせました。
「それ……」
「やっぱり……」
「ごめんなさい。わたしたちのプチフェアリーの魔法が当たってしまったんですね」
 姫さまは、少し首をかしげて、ふくれっ面をしました。
「ほんとにもう、別にいいけど、こんどから気をつけてよ!」
 姫さまの言うとおり、姫さまの背中のあざは羽じゃなくて、プチフェアリーの靴のところがまともにぶつかった痕だったようです。つまさきで一つ、かかとでもう一つ、両側あわせて四つ。
 それにしても……。
「なんで姫さま、こんな時間に森にいるんですか?」
「昨日も、わたしたちが魔法の練習していたの、夜ですよ? 夜はあぶないから姫さまは外に出ないようにって、たしか女王さまが言ってたのに……あっ!」
 くるりと背中を向けて、姫さまはほうきに乗って飛んでいってしまいました。
「もう! 都合が悪くなるとすぐ逃げちゃうんだから!」
 でも、姫さまは元気いっぱいだから、仕方ないです。あんな娘でも、ほんとに羽ができるころになったら、少しはおしとやかになるんでしょうか?

 次の日、女王さまに呼び止められました。
「ティンカーちゃんとリンカーちゃん、結局ランの背中はただのあざだったんですって?」
「はい、わたしたちのせいだったらしいです。ごめんなさい」
「いいのよ、気にしなくて。それよりランも、もうすこしおとなしくしてくれればいいんですけれどね」
 そうして、女王さまは羽について少し話してくれました。女王さまに羽ができたのは14歳のときらしいです。だから姫さまもそれぐらいで、今回は違うだろうと最初から思っていたらしいです。
「女王さま、それじゃなぜお赤飯なんか頼んだんですか?」
「久しぶりに食べたくなっちゃって。とってもおいしかったですわ」
 この人は……。女王さまのグルメにも困ったものです。
「そうね。でも、せっかくいいもち米とあずきがあったのだから、大福を作ってもらうほうが良かったですわね。それなら今夜は、大福10個と焼き大福10個。それと鯛のおさしみにおろしそば、ラムステーキにポテトとアルファルファのサラダ、中華まんの皮にくるんだ東玻肉、……」
 わたわたわたわた。
「ちょっとちょっと女王さま! 覚えきれないでーす☆」
「あらら、いつもごめんなさいね。食べ物のことになるとつい……」
 ほんとに、でもわたしたちは確信しました。
 姫さまの元気が良すぎるのは遺伝でしょう。この人ありて、この娘あり、です。
 血はあらそえないってコトです☆
 まるで、
「わたしたちみたいで〜す☆」
「わたしたちみたいで〜す☆」



姫さまの羽
[モドル]