Phase10:小さな廃墟

かつてここに、フェアリーアスレチックサーキットというものがあった。
木と縄が巧妙に組まれ、絡まるように子供たちがたくさん遊んでいた。

何度も雪が積もり、その度ごとに端っこが少しずつ欠け、木も縄も腐りゆっくりと朽ちて行った。
草花が生い茂り、今では自然と同化しようとしているオブジェだ。

軍艦島を見たことがある。土が見えないほどのコンクリートの団地が、砕け落ちて木が生えるまで三十年。
アンコールワットを見たことがある。栄華を誇る宗教の聖地が、跡形もなく森に呑まれるまで数百年。
自然はいつでも、文明を侵食しようとしている。

万人単位のヒトが必死に歩き、必死に食べ、必死に排泄し、必死にゴミを分別し、役に立たないものを必死に作り、必死に壊し、いらない流行を必死に編み出し、必死に忘れ、
少ないものを懸命に回転させる。止まっていたら呑み込まれるから。

妖精たちも必死だ。うつろいやすい世の中にあやふやな自分たちの存在は、人の心に忍び寄って保つしかない。自然の精霊たちの多くは忘れ去られ、小説やゲームやどこかのサイトに身を滑り込ませて小さな声で叫んでいる。


ふと、都会の皆が空を見上げる。
「雪?」
聖夜に思いを馳せるヒト、北国の故郷を思い出すヒト、帰りの電車を心配するヒト。



すべての想いが雪に彩られる。
明日にはあたり一面、白一色になってしまうのだろう。


長い旅路のような妖精の小径も、今は愛らしいものすべて雪の下に隠れ、なお美しく輝いている。
様々な出来事も、もう何もなかったかのように。






L' inverno〜冬


冬は眠りの季節。営みはみんな雪の下に埋め、萌え出ずる季節まではただ休息のとき。
静かに寝床にひそみ語り合え。
物語に育まれる、冬は妖精たちの季節。
再び動きだすときのために、ヒトと妖精で存在を暖め合え。



L'estate〜夏の妖精は思う。
熱い夏、この杖の指し示す先へ力強く導き、栄光へと向かう日を。
吹雪にかすむ里山を見つめ、いたるところに描かれた自分の似姿たちが、いまは灰色の冬の光のもとで色褪せていても。



L'autonno〜秋の妖精は思う。
雪に埋まる川のほとりに立ち。半ば眠りつつ服を編み、ネガティヴが薄れ春を待つ心の余裕ができたことを喜びながら。







青年はしっかりと両足を踏みしめ、雪をかきわけて閉ざされた山を登っていきました。
本来はヒトの入ってはならない道だから、青年は心の中で唱えます。
「ほんとのことはなにもない、だけど全てのことはほんとのこと」

おばあさんは昔と比べさらに髪が白く、さらにしわくちゃになったように見えました。しかし足腰はしっかりして、まだ一人で山の祠を守っていました。
「何だ? こんな季節に来るもんでねぇ。ほんとの音見づかったか、見づかったんならしょうがねぇ」
いつのまにか雪はやみ、二人はかんじきを履いて蓑を背に、山の頂上へと登って行きます。
動物たちの声もせず、虫たちは土の中で眠り、町の音は届かず、風の音も止み。
完全な静寂。景色は白一色に染め上げられ。
あるものは青年の内から突き上げられる音たちだけ。
自分を満たしていたたった一つの変わらない音が目を覚まし、溢れ出てきます。

 春は鳥の歌があるから
 夏は虫の歌があるから
 秋は風の歌があるから
 冬は妖精の歌をうたおう

おばあさんは愉快そうに笑いました。
「何? 妖精? そんなもんがいるんか。昔から山の神サはいるがな。ははは、小さい女の子か? えらく可愛らしい神サマもいたもんだ。ま、何でも姿は変えられるんだろさ」


どこかでL'inverno〜冬の妖精が聞いていました。

「神サマとは戦うモンでねぇ。戦ったってどうしたって雪がふれば雪に埋まるでねが。だけども自然と一緒になりゃ雪の下でだって生きていけるさ」

「神サを……妖精ってのかい? 感謝して、愛せば、ちゃんと応えてくれる。何、音と同じ事さ」






遠くでLa primavera〜春の妖精が聞いていました。



「雪の下では、春はもう始まっているさ」

 

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うちへかえろう