タリア魔法院(および治療院)
 ここまで、結構あちこちで「魔法使いギルド」とか「魔法使い集団」とか書いたような気がするけど、どっちも似たような意味だと思って。ギルドっていうと、民間発生的で、職能集団で、認定式とか規定の修行があって、とかいうイメージに限定されちゃうから、今は単に「集団」って言うことが多いってだけ。
 そんな魔法使い集団の具体例としてタリア魔法院を紹介するね。
沿革
 タリア魔法院は、200年ほど前リヨン家がタリアを創設して以来、王城内にずっとあった。でも初期は、魔法のほとんどの仕事はクーリエ山頂の僧院がやってて、タリア王城魔法院はそんな活発ではなかったの。盛んになってきたのは、35年前、若き日の(今でも外見だけは若いが)イファ君がここを訪れてからね。
 ここは魔法の力がかなり強かったのに、魔法がそんなに発達してなかったから、そこに目をつけて魔法の実力者を何人か育てて指導者として今の魔法院の基礎を作り上げたの。それから20数年経って、ふたたびイファがタリアに来たとき、イファはその魔法院の長として迎えられた。
 現在、イファは魔法院院長の役職にあって、あたし(ルィノ)はその秘書っていうあやふやな肩書になってるの。王室内で魔法院と関わりがあるのは、長男のミート・リヨン。
 タリア内で、ウィラ格(後述)以上の魔法使いといえば、ヒトではイファを筆頭に、私設図書館を管理しており、指導者として実力を発揮するアーリア・クローゼス。治療院の魔法使い、ムーア・カルミナ。タリア3軍のうちシュロン軍を率いるドーン・ロマティカ。クーリエ僧院の高僧、ロクザン。先日ウィラ格を認められたマロン、の6人、だと思う。6人ってのは少なくはないけど、もっといてもいいと思う。
 その他、クズウ村のソールス村長は、あたしは、十分ウィラ格レベルの実力あると見るね。
 修行中のヒトも、有望なヒトが結構いて、今のところ前途は明るいかなって思える。
 月に一回、魔法院総会が開かれていて、タリアにいる魔法院の構成員は全員参加ってことになっている。指針を決める重要な会議、役職の選出、派遣・修行先の決定、格の認定、研究発表、抄読会、いろいろ。
実践、研究、教育
 魔法院の三本柱といえば、「実践・研究・教育」なのね(まあ、どこ行ってもそうだとおもうが)。
実践
 魔法院の主な仕事は、対妖魔対策(結界など)、治療院での魔法、軍関係(軍に随行したり、演習に加わったり)、イリディアコミュニティとの連絡、だね。
 結界はロクザンが中心になって整備やメンテナンスをやってるし、後進の指導もしてくれている。治療院はムーア・カルミナがいて、医者と上手く連携とりながら仕事している。軍関係は、イファの指導を受けたヒトがいろいろ活躍してる。もしいざ、というときはイファがいると思うと結構安心感があるね。
 イリディアコミュニティとの連携はまあ、あたし(ルィノ)の仕事。イリディアの多い土地だし、魔法達者なイリディアって結構いるから、タリアの底力って言えるかもしんないね。
研究
 研究は、わりと個人でやる感じで、グループでの取り組みは少ないみたい。ウラノン魔法院みたいに大きいところだと定期出版物も出せるけど、タリアではまだできない。だから発表は研究書を出版するか、ウラノンの魔法誌に投稿することになるね。
 ウラノンでは魔法学会が一年一回、夏に開かれるから、その前に研究発表が盛り上がるの。
 タリアでは、結界関係が重要な研究テーマになってる。こればかりはロクザンを筆頭に王城も協力してグループで取り組んでるし。
 あと、軍部に関わる研究は、軍事会議での発表になることもあるね。どうしても機密性は高くなるから。
教育
 有名なのが、イファの12学徒って呼ばれるもの。選抜された12人の学生を相手に、1年間イファがみっちりいろいろ教えるってやつなんだけど、これ、魔法に限らず、兵法とか社会学とかもあるの。毎年内容は違うし、個々人によって指導内容ももちろん違う。で、そこから先は卒業した学生によってお互い教え合うという環境になるわけ。
 でも、魔法の系統的な授業ってのは、アーリアが中心になって、あとイリディアのヤシャあたりが協力してやってる。これ卒業して、イファの12学徒になって、それからウラノンやイナムとかに修行にいくってのが一応のコースね。

魔法の修行段階
 タリアのあるセクレア大陸の東北部では、修行段階はどこでも同じ「格」ってもので表されてるの。入門したてが「ハルノ」で、それから「サイト」「ディナ」「アイカ」「ウィラ」「カナトア」「アルティド」「ファイレム」「ファイレム・クレイド」と続く。
 それぞれの段階のヒトがどんなんなのか、見てみるね。
ハルノ
 最初の入門。魔法感覚(前述)が安定すればハルノってことになるの。もっとも魔法の才能の深い子は最初からハルノになってること多いね。
(フィッスーラ・テニヤン 8歳 女)
 イファがひいきにしてたパン屋の娘。パン屋のお手伝いをしている。おいしいパンになるパン種ってのを魔法的直感でわかってたみたい。イファは早くから才能に気づいてて、8歳になったときとりあえずハルノの格をあげたけど、本格的に修行させるのはまだまだ先のことって思ってる。とりあえず、いろんな文書が読めないとしょうがないし、今は学校で読み書きを学んどけってことらしい。本人はやる気で「いっぱいおいしいパンが焼けて、お店が繁盛するといいな」って思ってる。でも将来はイファみたくなりたいとか言ってる。今は魔法感覚でおいしいパン種をよりわけたりしてるみたい。
サイト
 本格的に修行を始めるなら、まず呪文記憶(前述)を学ぶんだけど、これが一通りできるようになるとサイトになる。
(ユーサ・ミマモト 12歳 女)
 乱世なら英雄だったろうと呼ばれる国王次男、シルヴォ・リヨンの、実は何人目かの妻。いや、まあ、そのうち妻になるだろうって娘。超かわいい。後宮を根城にしてるサユってイリディアがこの娘についてる。この娘は感性がとても細やかで、詩歌や絵にとても才能感じる娘なんだけど、そんなヒトは魔法の才能も高いことが多くて、ちょっと聞いてみたらやはりそうだった。で、王城で魔法の勉強もしている。本人はいろんな稽古事の一部だと感じてるみたい。将来は治療院などに力を貸すことができればいいと思っているらしい。だけど、ここだけの話、魔法が使えればよりシルヴォの力になることができるし、それで他の妻たちを出し抜こうというしたたかな考えもあるような感じ。
ディナ
 呪文記憶のあと、呪文記述(前述)を覚えて、パーソナルとパーマネントを除いた基礎呪文(前述)を全部習得して、伝統呪(前述)の中でも結界関係をのぞいた簡単な呪文を習得するとディナってことになる。ディナになると、一応魔法使いで食べていける。魔法のあまり盛んでないところでは、ディナ格くらいで一人前扱いだし、実際いろいろと活躍の場があるの。
(クラッケ・カルミナ 13歳 男)
 治療院の魔法使い、ムーア・カルミナの子。病弱だったこともあって、最初から学究的な魔法使いになるしかないと思ってたみたい。魔法覚えるには最高の環境だったし、さいわい本人にも高い才能があった、というわけで13歳にしてディナ格を与えられることになった。これはかなり早い。普通は16歳以降だから。本人は熱心で、ものごとを見るときにもその背景がどうなってるのか考える、学究的な性格がしみついている。イリディアのヤシャ・カレラが積極的に面倒を見ている。ちょっと早いけど、来年あたりイファの12学徒に入るかもしれない。かわいい男の子。まわりから好かれるってのは重要だよね。
アイカ
 ハイコモン(前述)が安定して使えるようになるとアイカ格となる。もうここまでくるといっぱしの魔法使いって感じがする。呪文も相当高度なものが使えるようになってくるし。
(ニエモ・ヨーミ 25歳 男)

 農家の生まれで、兵士志願し、門衛をつとめているうちに才能を見いだされ、修行コースに入ることになった、スタートが他のヒトよりはちょっと遅いね。しかも、そのあとも天才槍使い少女ラリアンの彼氏やってみたりとか、一時期格闘技にハマってみたりとか、そんなんで才能の割には修行が遅れてるような気がする。どうも教えるより、一人で研究させといた方がやる気を出すタイプみたいなんで、タリアから1ディール(40km)ほど離れたところの、ウォルヒムという槍術家のところに預けている。日常の仕事をいろいろしながら、日々の修行を地味に地道にやってる模様。なんだかんだ言ってラリアンと仲いいし、結局ラリアンは遠征へ行くし。ニエモはどうすんだろ。気が気じゃないだろうけど、帰ってくるの待つしかないし。
ウィラ
 パーソナル(前述)が持てるようになるとウィラ格になる。でも、ウィラ格というのは「どこへいっても通用する一人前の魔法使い」って意味あいがあるから、実績としてタリア以外の場所での2年ほどの修行が望まれる。たいていアイカ取って2、3年でウラノン魔法院に預けられることになるけど、他に軍に随行したりってのもある。ウィラ格取ってればどこ行っても一人前。
(マロン・レーキ 29歳 女)

 タリア周囲の山岳地方には山賊がまだ結構多いけど、マロンも元は山賊だった。素性はよくわかんないけど、もともとはわりと高貴な血筋らしい。南との国境地帯でよく起こる紛争によって山賊になったんじゃないかと思う。実際本人は元山賊と思えないほど淑やかで品のよさがある。討伐に行ったタリア軍を魔法でさんざん悩ませた。山賊にもウラノン伝統呪(前述)は伝わってたみたいだし、かなりの部分独学で学んでいた。イファが彼女の才を惜しみ、また情状酌量の余地はあったし、改悛の情も認められ、マロンたちの一派は全員許されることとなった。当時20歳。すでにアイカ段階まで達していた。結界の呪文などをしっかり学び直し、4年ほどウラノン魔法院に勤め、帰ってきたときにウィラ認定をもらった。自分のような元山賊にウィラ格を与えてくれたことを心から感謝しているという。今気がかりなのは、再び山賊になってしまった昔の仲間らしい。もし彼らが再び人家を襲うようなことがあれば、彼らと戦うことになるのかもしれない。
カナトア
 ウィラ格を取ってから自分の専門分野に努め、専門分野に十分成熟したと認められたときカナトア格になるの。でもウィラ格より上ってあまりはっきりした基準はなくて、仲間内で自然に認められたときにカナトア格になるって感じもするね。
(ロクザン 63歳 男)

 ロクザンってのは僧としての名前。タリアの街と王城を見下ろす、クーリエ寺院の高僧。僧にも魔法使いと似たような修行のコースがあって、一人前になるまえに修行遍歴を積むらしいんだけど、ロクザンは若い頃、ウラノンから河をさかのぼりつつ修行する途中で、タリアの地をあまりにも気に入って、ここにいついてしまった。それ以来ずっとタリアの結界を護っている。イファがタリア魔法院の院長になったときに、三顧の礼で魔法院に迎えたんだけど、そのときにカナトア格を贈ったの。今では若いヒトの教育も熱心にやってくれて、魔法院になくてはならない存在になってる。話が上手くて、世界とヒトとを知りつくした語りはとても心があたたかくなるの。書の達人でもある。
アルティド
 ある意味では、アルティド格が魔法使いとしての最高格って気もする。皆に認められて、こいつが最高! とされたのがアルティドって感じ。魔法ってものを知りつくして、まるで自分の手足のごとく自由自在に魔法が操れるようになった段階、とも言えるかもしれない。
(ディジナムナ・エメン 37歳 女)

 あの、最高の魔法国と言われるイナム国の現国王。イナム国は現在、魔法使いが国王を引き継ぐことになっているから、彼女がイナム国最高の魔法使いである、とも言える。前国王のミン・ヴァーナスは早くからディジナムナを自分の後継者と考えていた。イナムの隣国イグゼムの魔法使いギルド、アマナフの出身で、若い頃はミンに挑戦をほのめかすほど血気盛んだったんだけど、今はほんとうに落ち着いて、いろんな意味で立派な国王になっている。物性についての魔法に優れ、かなり難易度の高い物性の転換の呪文をいくつか残している。国王になって以来、次世代の魔法使いの育成に力を注いでいる。実娘オルトパはまだ3歳。環境に恵まれたこの娘がどこまで育つかに、イナム国の未来がかかってるといっても過言ではない、なんて言ってみる。
ファイレム
 この段階は不思議。極論すれば魔法使いとはなんの関係もない段階だって言える。「悟り」(前述)を得て、自らの魂の経験を完全に知ることができたヒトがファイレムって呼ばれるから。さらに言うなら、自分の経験を完全に来世に伝えることができる確信を得たヒト。通常の生死を越えたヒトね。
(イファ・ローグ 67歳 女)

 24歳で時が止まってるヒト。ヒトなのに時が止まってるって例はまずない。そもそもこのヒトはアーシナ(前述)のヒトなのだから、それが何か関係あると思われる。で、最近思うんだけど、このヒトは魔法使いというより弓術家なのかもしれない。今でも毎朝6刻(1時間半)ほどの弓の稽古欠かさないし。彼女の魔法独特の極端なまでの精密さも弓術の延長なのかもしれない。アーシナからユリナスへの魂の移動、ミンを師匠としての苦悩、セクレア大陸西岸への修行の旅、といろんな経験の中で彼女はたびたびヒドイ目に合ってきている。したたかに生き抜いたことで膨大な知識と経験を得、いつのまにか「悟り」を得たのだけれど。でもほんとは悟りは「弓道」という道の中で得たものなのかもしれない。普段のイファは、飄々として明るい、頼りになるお姉さん。こわもてを相手に日夜教鞭をふるい、微妙な取引やカケヒキをしている。その実践で鍛えられた軍師の術と魔法は大陸東岸に広く恐れられている。
ファイレム・クレイド
 ファイレムの先があるだろうと思われてて、それが何かつかめずにいたんだけど、イオンと会って初めて、これがファイレムを越える、つまり「ファイレム・クレイド」だって気づいた。ここに至ると、時間と場所を越えることができる。いついかなる、どんな場所に存在することもできるってことなの。
(イオン・テーゼ ?歳 女)

 盲目の音楽家。まさに、「魂を震わせる調べ」。風のようにいろいろな時と場所を渡り歩き、伝説的な歌や演奏を残してきた。本人は自分が何歳かもうわからなくなっているらしいし、自分がわからなければ、もう調べようもないのだと言う。ファイレム・クレイドまで達すれば普通の時の流れも関係なくなるのかもしれない。ただ演奏したり歌ってたりするだけで幸せだし、自分の身のまわりにある音のひとつひとつが幸せなのだと言う。あたし(ルィノ)のことは「こう聞こえるのです」と言って曲を奏でてくれた。その曲を聞いてあたしは泣きそうになった。そして笑って、踊って、すごく気持ちよくなれた。なんだあたしも捨てたモンじゃないじゃない、と思ったら、イオンが微笑みかけてくれたような気がした。